先生と呼ばれて(山本理)

戸田ゼミコラムのアーカイブです。このコラムはすでに連載を終了されています。

2012年03月

塾をしている私にしてみれば、
学校の先生も大変だろうなと同情する面もあります。
と云うのも1クラスには
30人から40人くらいの生徒がいるでしょうが、
どの程度のレベルの子供を相手に話を進めるか
それを考えただけでも大変だと思うからです。
理解の早い生徒に合わせると、
そうでない生徒にはチンプンカンプンになってしまうし、
かと云って、授業をゆっくり進めると
今度はカリキュラムから
どんどん遅れてしまうことにもなるでしょう。

橋下市長も云っていますが、
実際に教えていると
小学校3年生くらいから
勉強の出来る子と出来ない子の二極化が
起こっているように感じます。
虫歯になれば、誰でもすぐに
歯医者さんのもとへ駆け込みますが、
勉強の場合は子供本人が嫌がることでもあるし、
親御さんが子供の理解度に気づいていない場合、
そのまま放ったらかしと云うことになります。
格別勉強が出来る必要もないと思いますが、
勉強が苦手だと、コンプレックスを抱きながら
大人になる人も結構いるのだから
実生活に支障の出ない程度の
「読み書きそろばん」は最低限出来たほうがいいと思います。

もし、勉強の遅れに気付いたときには
わかっていない内容を勉強するしかありませんが
これはたとえば借金で云えば
利子を返している状態です。
そのとき学校で習っている部分は
勉強していないことになるので、
借金の元本がますます増えてしまいます。
また、これが複数の科目にわたると
多重債務者になってしまうようなもので、
子供にしてみれば、
どこから手をつければいいかわからない
と云う状況なのだと思います。

ですので、子供の勉強が苦手なところがあれば
親御さんが勉強を見てあげるのがいいと思います。
勉強を教えているうちに
親子で喧嘩になることもママあるでしょうが、
そう云う時の解決策として
塾へ通わせるのも一つの方法だと思いますが
それでは我田引水になってしまうでしょうか。

学校に校歌があれば、会社によっては社歌がある。
塾にも歌があってもいいんじゃないかと思って
次の詞を書いたことがあります。

暁塾はね
横堤の駅前にあるんだ
ホントはね
だけどちっちゃいから
みんな見て見ぬふりするんだよ
悲しいな
暁塾

メロディーは
「さっちゃんはね、サチコと言うんだホントはね」
を拝借したものですが、
こんな歌を作りたくなるような時期がありました。

今でこそ、塾の態をなしていますが、
この仕事をスタ-トした時には閑古鳥が鳴いていて、
生徒と云っても当時
私が家庭教師として、元々教えていた生徒2人が
わざわざ塾まで足を運んでくれていたので
実質的な生徒はゼロでした。

生徒がいない塾に先生は必要ありません。
この頃、チラシを何万枚も
近所の家のポストに入れてもみましたが、
反応は全くありませんでした。
世間の風は冷たいものだと妙に感傷的にもなりましたが、
半分ヤケクソで授業料を思い切って下げてみると
意外にも問い合わせの電話がかかってきて
ポツポツと生徒数が増えていったのです。
この時の嬉しさは今でも覚えています。
と云っても、生活の目処は立ちません。
家庭教師やコンビニ、運送会社などの
アルバイトを掛け持ちをしていました。
この時期は何をやってもうまくいかないような気がして、
また新しい仕事を探さないといけないのかなと
弱気になった時期でもありました。

そんなこんなで、
小さいながらも自分で仕事を始めて、
気付いたことがあります。
サラリーマン時代の私は
自営業者の人たちに対して
エネルギッシュで私のようなモヤシっ子とは
随分と違った人たちだと云う印象を持っていました。
それは創業期を含め、
何度もピンチを潜りぬけて来られているからなんですね。
風雪に耐えた結果、自然と落ち着いたお顔や物腰、
積極的な生き方を身につけておられる方が多いと
云うことなのだろうと思うようになりました。

一度、店に足を運んでくれたお客さんが
リピーターになってくれるかが、
商売が繁盛するかしないかの分かれ道ですが、
学習塾では
学校の卒業式や新学年を控えるこの時期は
生徒の入れ替わりの時期にあたります。

塾を始めるまでは気づかなかったことですが、
この入れ替わりが結構激しいのです。
私のところのような個人塾でさえそうなのだから、
大手の塾だとかなりの人数が動いていると想像出来ます。
仕方のないことですが、
他の塾へ移ってしまう子がいると
私を信じてもらえなかったんだなと、
その日は少しセンチメンタルな気分になります。

ところで、毎回そうなのですが、
新しい顔ぶれのなかには
塾を転々としている子が少なからずいます。
3つ目とか、なかには5つ目とか云う子がいます。
多分、塾の先生が嫌いだとか
授業の進め方が気にいらないとかあるんだろうと思います。
これは大人の世界で云うと
何度も転職するようなものでしょうか。
気分をリフレッシュするにはいいかもしれませんが、
新しい職場のやり方に慣れるには一定期間が必要なように、
勉強も肝心の成績を上げるにはある程度の時間がかかります。

とは云っても、塾を替わるのは生徒本人と云うより
最終的には親御さんの意向です。
何年も塾にいるのに
成績がそれほど上がらない場合はそれも納得出来ます。
けれどもなかには
成績が上がってきているにも拘らず
他の塾へ移ってしまう場合もあります。
教える側の私にしてみれば
首を捻りたくもなりますが、
ホントは親御さんのニ-ズを汲み取れていないのでしょう。
またまたおセンチな気分になります。

でも、こうも思うんです。
あまり、あっちこっち塾を替えると、
それぞれの長所も短所も見えてきて
結局どこの塾が自分に合っているのかワケがわからなくなる。
見ていると、塾を転々とするより
「あなた一筋」で同じ塾に通っている子のほうが
全体的に成績が良いように思えますが、
成績が良いから
同じ塾に通っていると云えるのかもしれませんね。

ユニクロの柳井会長は
「トイレに行きたい時、自由に行けるのが商売人の良さだ」
と父親から聞かされたことがあるそうですが、
確かに自分の裁量でスケジュ-ルを
埋められるのが独立自営の長所だと思います。
その反面、宮仕えの時より
さらに気をつけなければいけないこともあります。
それは体調管理です。
私の場合、風邪になっても
代わりの人間はいないので休むことは出来ないし、
もし長期の入院なんてことになれば、もうダメです。
生徒は誰もいなくなります。
そこで、風邪が流行する11月から3月頃まで
私は授業中にマスクをするようになりました。

また、体調管理と云っても精神面も疎かに出来ません。
たとえば芸能人も
自分の腕一つで稼ぐ人たちに入るでしょうが、
時折クスリに手を出す人が世間を騒がせます。
浮草家業の宿命なのかもしれませんが、
人気のあるなしが原因で情緒不安定になったり
占いや宗教にのめりこんでしまう人さえいます。

ところで、大きな声では云えませんが
私もクスリはよく使います。
でも同じクスリでも
クスリになるクスリとならないクスリがあります。
一句詠んでみましょう。

「クスリ漬け 正露丸が 手放せず」

もともと正露丸は日露戦争の頃、
兵隊さんたちによって戦地で大量使用されたこともあって
「征露丸」と云う名前で通っていたそうですが、
このウンチクが語れるのも、
日頃おなかが痛くなるお蔭です。

無くて七癖と云いますが、
どうも私はトイレを語ると熱くなってしまうようです。
今日は戸田ゼミの品位を落とすようなことを
書いてしまいましたが、読者の皆様、
トイレの水にでも流していただけますでしょうか?

蛇足ですが、今回ご紹介した歌の
「正露丸」の部分は「ビオフェルミン」でもかまいません。

 

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